大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)60号 判決

東京都千代田区外神田一丁目一一番二号

上告人

東京電音株式会社

右代表者代表取締役

久保村昭衞

右訴訟代理人弁護士

佐山厚三

岡田克彦

東京都港区赤坂四丁目一四番一四号

被上告人

日本コロムビア株式会社

右代表者代表取締役

望月和夫

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第五四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年一月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐山厚三、同岡田克彦の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第六〇号 上告人 東京電音株式会社)

上告代理人佐山厚三、同岡田克彦の上告理由

原判決は、判決理由中において、基本的な理由齟齬、理由不備があり、さらに、商標法第四条第一項第一五号の解釈適用を誤り、これが原判決に影響を及ぼすことは明らかであり、破棄取消を免れない。

第一、原判決の理由齟齬と理由不備

1、原判決は、判決理由二、「1、無効理由〈1〉について」において、本件商標は、「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の呼称を生ずることはもちろんであるが、「株式会社」の部分は実際の取引においては省略され、「トウキョウデンオン」とのみ呼称されることが多いと考えられるとして、右「トウキョウデンオン」は一連のものとして滑らかに発音でき、とりわけ冗長であるともいえないし、日本電音株式会社、山田電音株式会社等、その商号中に「電音」の語を用いている会社が他にも多数存在することが認められ、「トウキョウデンオン」の前記呼称から更に地名に相当する「トウキョウ」の部分までも省略するときは、商号商標として他の商標と区別されるべき顕著性を喪失することになるので、本件商標を単に「デンオン」とのみ称呼することは、通常ありえないというべきである。」と判示している。

このことは、結局、本件商標の「東京電音株式会社」「トウキョウデンオンカプシキカイシャ」は、単に「電音」「デンオン」ではなく、「東京電音」「トウキョウデンオン」と「東京」の地名をつけることによって、「東京電音」と一体として、顕著性を保有・発揮し、一体として使用されることによって、はじめて、意味・意義を有するものである。

即ち、「電音」は、電気音響業等の略語であり、普通名詞化しており、「電音」だけでは、顕著性を有せず、常に「東京電音」等として、地名や人名等をつけて、一体使用されて、他と区別識別される商標、商号等として使用される性質・特質を有していることを認めているのである。

その結果、「東京電音」として一体として使用される場合には、「電音」とも「DENON」とも明白に区別・識別が可能であり、原告の判決添付別表二、別表三とは明白に区別されるものなのであり、この間において、誤認混同を生ずることは全くありえないことは原判決も判示するとうりである。

2、原判決はこれらのことを明白に認めた上で、原告の無効理由〈1〉の主張を退けているが、このことは、被告の「東京電音株式会社」の商標や商号、製品・商品(以下、商品ともいう)は「東京電音」として使用された場合に始めて、被告の商品としで、特定されうるものなのであり、上告人が、「電音」「デンオン」等として用いることは決してありえず、また、単に「電音」として使用された場合は、被告の商品としては全く特定されず、関係ないことになるのである。

さらに、この点は、「日本電音株式会社」や「山田電音株式会社」等「電音」の表示を用いる会社等が多数存在することは原判決も認めるとうりであり、「電音」の表示だけでは、被告の商品として特定することは不可能である。

このように、原判決は、右のごとく「東京電音」としての一体的使用のみが、被告の商品として特定しうるものであり、被告が「東京電音」ならぬ「電音」として使用することは全くありえず、単なる「電音」では被告の商品とは全く係わることがないことを明認しているのである。

3、しかるに、原判決は、その理由二の2、「無効理由〈2〉について」においては、「引用商標B(即ち「DENON」)は、本件商標が登録出願された昭和五五年三月一二日当時、すでに著名な商標であったと認めるのが相当である等と認定しており、この点が全く事実に反し、経験則にも反することは後に述べるが、「したがって、被告が業務に係る商品に本件商標、あるいは「東京電音」の標章を使用するときは、その中に「デンオン」と発音される「電音」の部分が含まれているところから、取引者ないし需要者に原告と経済的あるいは組織的に何らかの関連を有する企業の業務に係る商品であるかのような混同を生じさせるおそれが多分に存するといわねばならない」と判示している。

すなわち、原判決は、「無効理由〈2〉について」においては、「デンオン」が著名な商標であったとして、事実上「電音」の顕著性を認めているのである。

このことは、すでに述べたごとく、単なる「電音」では、「電気音響業」等の普通名詞化としたものとして、特別の顕著性を持たず、被告の商品と特定することは全く不可能であると、無効理由〈1〉で述べながら、無効理由〈2〉においては、被上告人の「デンオン」の著名性から「電音」についても顕著性があるとしているのであり、ここにおいて、「電音」なる表示について、そもそも顕著性があるのか否かという点につき決定的な判断の差、矛盾があるのである。

即ち、「電音」では、被告の商品を表示・特定することは全くないものであり、被告の商品と表示・特定できない「電音」をもって、原告の「電音」「DENON」と誤認混同を云々することは議論すること自体、全くナンセンスなのである。

さらに、上告人は、「東京電音」と表示した場合のみに被告の商品として、表示・特定されうるとしているのであり、単なる「電音」としての表示は、上告人とは、一切関係がないと主張するものであり、原判決もこのことを容認している。

さらに、単なる「電音」の表示がありたる場合を前提として、「電音」「デンオン」との誤認混同を判示することは上告人の全く関与することではない。

4、商標法は、登録された商標をもって、通常の判断基準を有する消費者が、通常の判断基準をもって、誤認混同のおそれがあるかを判定するものである。

以上のべたごとく、本件商標「東京電音株式会社」あるいは「東京電音」と「電音」「DENON」とは明らかに異なるものである。

原判決は、本件商標の一部ではあるが、全く訴訟の対象となっておらず、通常呼称されることもない「電音」なる一部の表示を引き出し、原告の「電音」「DENON」と同一、誤認混同のおそれありとして、判決をなしたものであるが、明らかに商標法に違反する。

上告人は、「東京電音」とのみ称することにより、上告人の自己の商品等の表示・特定ができるのであり、ただ「電音」と称することは全くない。即ち、「電音」は上告人の自己の表示・特定では全くない。蓋し、まさに、被上告人の商品の表示・特定なのである。しかるに、原判決は、上告人が全く使用しない「電音」の表示のみを対象として、誤認混同の基準とすることはその判断自体、相矛盾し、全くの理由齟齬であり、理由不備といわねばならない。

「電音」は被告人の商品の呼称である。したがって、上告人は「電音」という呼称は絶対に使用しない。商標法上当然のことである。上告人は常に「東京電音」と呼称する。したがって、判決理由〈2〉のごとく、「電音」の呼称をもって上告人の呼称と称して、判決理由の誤認混同を論ずることは全くナンセンスであり、理由齟齬といわねばならない。

こうした点から、原判決は、無効理由〈1〉では「電音」の顕著性を否定し、無効理由〈2〉においては、「電音」の顕著性を肯定しており、その理由が全く矛盾し、相互に齟齬きたし、理由不備であることは明らかであり、このことからだけでも、原判決は、取り消されるべきものである。

第二、商標法第四条第一項第一五号の解釈適用の誤り

1、原判決は、「引用商標B(DENON)は本件商標が登録出願された昭和五五年三月一二日当時、すでに著名な商標であったと認めるのが相当である。」として、その理由として、引用商標Bは、昭和三八年原告に吸収合併された日本電機音響株式会社が昭和二一年に設定登録しその業務にかかる商品に使用していた引用商標A(電音)に由来するものであって、同社によって昭和三一年一〇月一六日に設定登録されたこと、日本電機音響株式会社はプロ放送用の録音再生機器の製造においては国内最左翼の存在であってその業務にかかる商品は極めて高い評価を得ていたこと、原告は日本電機音響株式会社を吸収合併したしたのち引用商標Bを原告の業務に係る音響機器関係の商品に広く使用して今日に至っているが、その商品であるプロ放送用の録音再生機器は国内において圧倒的なシェアを占め、一般消費者を対象とするオーディオ機器の評価も高いことが認めることができるとする。

しかし、これらの事実認定は、客観的な証拠により確実に認定されているわけではなく、極めて疑問な点が多いことは、原審でも詳述したとうりである。

2、しかし、さらに問題は、次の「したがって、被告がその業務に係る商品に本件商標、あるいは「東京電音」の表章を使用するときは、その中に「デンオン」と発音される「電音」の部分が含まれていることから、取引者ないし需要者に、原告と経済的あるいは組織的に何らかの関連を有する企業業務に係る商品であるかのような混同を生じさせるおそれが多分に存すると言わねばならない」と判示する点である。

まず、第一に、原審でも詳述したごとく、上告人は、本件商標あるいは「東京電音」の表章を、ハウスブランドとして、会社案内や封筒等事務用品等には使用しているのであって、「電音」なる表示は全くしていない。

被告の取扱商品は、他のメーカー等の製造卸が主であり、卸の場合は沖電機工業、KOA、日立マクセル、住友スリーエム、沖電機、スタンレー電機、三洋電気等の代理店として、他のメーカーの商標ブランドを用い、自己の製造商品(抵抗器)については、原審でも詳述したごとく、Tの両脇にD及び0を並べ菱形で囲った商標(以下TDO商標ともいう)を昭和五五年登録(商標登録出願一七〇六四号)し、昭和五八年商標登録番号一六三〇〇八五号として所有している(乙一一号証の一、二)のである。

本件商標「東京電音株式会社」あるいは「東京電音」の営業標識は、上告人のハウスブランドとして、被告の営業標識として使用しているのであり、「電音」なる表示は一切上告人は使用しておらず、ここに誤認混同の起こる余地は全く無いことは明らかである。

第2として、前記判示の「取引者ないし需要者に、原告と経済的あるいは組織的に何らかの関連を有する企業の業務に係る商品であるかのような混同を生じさせるおそれが多分に存する」と判示するが、商標法としては、商品の出所の混同を回避すればよいのであって、経済的あるいは組織的に何らかの企業の業務にかかる商品であるかのような混同を回避させるというような理念は本来、商標法の守備範囲を不当に逸脱・拡大するものであり、妥当ではない。

第3として、本件商標、あるいは「東京電音」の標識を、上告人がハウスブランドとして使用した場合、被上告人の「電音」「デンオン」なる商標あるいは標識が含まれているからと言って、経済的、組織的に何らかの組織的な関連性を有する企業にかかる商品であるかの混同を生ずる恐れは全くない。

被上告人は、原審において、甲三七、三八、四五、四六号証等を引用し、商標の混同が生じており、原告が迷惑をこおむっているばかりでなく、一般需要者特に海外からの取引に関連して混同を生ずることは明白であるとしている。

しかし、すでにのべたごとく、甲三七、三八号証は一般の需要者でなく、株式市場において「東京電音」なる会社の表示につき、わざわざ「東京DENON」なる表示をしたものであり、通常の注意力を怠り、あるいは何らかの故意ともとれないでもない程のものであり、このような取引上普通の注意力を払わない軽率者により誤認混同を生じたからといって類似したり、出所の混同を生じたりするということはできないことは明らかである。

3、原判決は、被告は、被告の業務にかかる商品は主として抵抗器等メーカーを対象とする電子部品であって原告の業務に係る商品とは取引者ないし需要者を異にするとの被告主張に対して、本件商標の指定商品は第一一類で極めて広範であり、さらに、被告の取扱商品の種類は二万を超え、一方、引用商標Bの指定商品もやはり広範であって、被告の取扱商品と共通するものが少なくないことは明らかであり、したがって、被告の業務に係る商品と原告の業務に係る商品はその取引者ないし需要者を全く異にするとは到底いえないから、本件商標あるいは「東京電音」の標章が著名商標である引用商標Bの呼称と同一に発音される「電音」の文字を含んでいるいる以上、本件商標が原告の業務に係る商品との混同を生ずるおそれを有することは否定できないと判示する。

しかし、原審でも詳述したごとく、被告の業務に係る商品はメーカーを対象とする電子部品(主として、抵抗器)であるのに対し、原告の業務にかかる商品は一般消費者を対象とするオーディオ機器であって、両者は取引者ないし需要者を全く異にするのであり、原告と被告の業態と取扱商品、取引者ないし需要者の基本的な相違を無視した原判決の誤りは明らかである。

また、原告の引用商標B「DENON」は、通常の横文字、英語読みでは「デノン」であり、甲第四号証からも明らかなごとく、引用商標A「電音」の連合商標として、当初は「DENON」「デノン」等「デノン」等と呼称していたのであり、「デンオン機器」「電音パーツ」等の連合商標をとりだしたのは、本件商標が登録されてからその対抗のためであることは明らかである。

さらに、原判決は、仮に被告の業務にかかる商品が抵抗器等の電子部品に限られているとするならば、その商標に「音」の文字を使用する必然性は全く存しないことになるから、被告がその業務に係る商品に使用する商標の一部として「電」の文字に「音」の文字を殊更に連続させた標章を採用したことは、前記のとおりその出願当時既に著名なものとなっていた引用商標B、あるいはそれが由来している引用商標Aの信用力を利用する意図があったものと推認されてもやもをえないと判示する。

しかし、被告の業務にかかる商品が抵抗器を中心とする電子部品であり、その中には音響機器が含まれていることは当然のことであり、電気音響業種として、電音が普通名詞化している状況のもとで、「電音」に地名の東京を付けて、「東京電音株式会社」なる商号を本件商標として出願登録することは何等異とすることなく、至極当然のことであり、引用商標B「デンオン」、引用商標A「電音」とは全く関係無いことであり、これらの商標の信用力を利用する意図等上告人には全く存在せず、本件紛争に関連して初めて明らかになったものであり、出願当初から被上告人の引用商標を利用する等という意図は全くなかったことは明らかである。しかるに、上告人が、被上告人の引用商標の信用力を利用する意図があった等と推認すること自体全く根拠がなく、このような判断自体、経験則にも違反するものであることは明らかである。

以上のごとく、原判決は、その理由自体において、理由不備、理由齟齬の違法があり、さらに、商標法四条一項一五号の解釈を誤り、これが、原判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、破棄取消を免れないものである。

以上

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